国語科の緒方です。

私は小学校の教員になるために文学部初等教育学科を卒業しましたが、教員にはならずに学習塾に就職して、子どもたちに国語や英語を30年以上教えてきました。

最近、小学生のうちに英語を学習し始めることの意義について考えることがありましたので、ここで少し私の考えを述べさせていただきたいと思います。

◆学習塾での英語教育について

言語を身に付ける基礎は、やはり何と言っても聞き取る力です。6歳までの子供は、自然に言語を切り替えることができますが、 6歳をすぎると、聞いた外国語を「翻訳する」作業を通さないと、第2外国語を学ぶことができなくなると言われています。

子供の脳の「言葉」に関するチャンネルは3歳~5歳までには完成されるといわれています。その後も9歳~10歳までであれば、かなり幅広い周波数に対応できる耳を保っていますが、11歳を過ぎると耳の柔軟性は失われてしまうそうです。

人間は、聞き取れない音は発音できません。ネイティブと同レベルの発音を身につけるには、発音したことのない音を正確にまねることが可能な10歳までにネイティブの発音をたくさん聞かせ、同じように発音する訓練をするべきなのです。

ペンシルゼミナールが導入している「レプトン」はネイティブの発音にふれるという点で、たいへん素晴らしい教材です。小学生がネイティブのように発音できるようになる教材を、私は他に見たことがありません。耳のいい子(聞き取る力の鋭い子)は、短期間で劇的に変わります。

こういう裾野を広げる教材で学習しても、中学生の英語とあまり関係がないので役に立たないのではと心配なさる方がいらっしゃいます。確かに、始めるのが小学校高学年で、しかも週に1度くらいの頻度では入門程度でしか終わることができません。

しかし、中学生のようにテストの成績に縛られないうちに言語としての基礎を広く固めることがいかに大切かぜひ考えていただきたいと思います。つまり、その基礎固めこそが「小学生のうちに英語を習う意義」なのですから。

中学生のテストは単語と文法の力があれば、毎回かなりいい成績がとれます。ですから、小学生のうちから英語の語彙と文法の学習を希望される保護者のお気持ちは理解できます。確かに語彙はどの言語にとっても重要です。私たちが言葉を話せるのも、言葉のわからない赤ちゃんに話しかけて言葉をひとつひとつ教えていった母親の努力の賜物なわけですから。

しかし母親が赤ちゃんに文法を教えたという話は聞いたことがありません。言葉というものを脳が受け止めるのに、いきなり細かい文法事項を教えても意味が無いからです。実は小学生の使う日本語は間違いだらけで、国文法をきちんと習うのはなんと中学1年生からなのです。もちろん主語とか述語については少し習いますが、あまり理解しているとはいえません。

いくら英語が大事だからと言っても、日本語の文法さえ理解できていない子どもに英文法をつめこんでいくとどうなるでしょうか。文法に対する苦手意識が生まれてしまい、英語どころかますます日本語もあやふやになってしまうかもしれませんね。

では言語の裾野を広げるには、まず何をどう理解させるのが近道でしょうか?こんな質問にも現代の科学は答えを持ちません。人間の脳が、なぜ言語を理解できるようになるのかがわかっていないからです。私の体験からは「神経がつながるまで待つ」しか方法がないと思います。近道があるのかどうかについてもわかりません。

外界の刺激を受け止めることができないうちに生まれる赤ちゃん。目もよく見えません、耳もよく聞こえません、においもよくわかりません。でも、脳がどんどん発達していろいろなことが次々にできるようになります。ですから言語の習得は「脳が言葉を受け止めるまで待つ」以外に方法はないように思います。

急がせても無駄です。植物が生長するのと一緒ですから。発音をまねたり、単語を話したり、短い文をしゃべったり…。「I(私)」という単語が出て来ても、「Iは人称代名詞・1人称の主格です」なんて教えません。言語には文法より前に、もっと裾野になるものがあるのです。

ですから小学生で習う英語の教材を、脳の発達が止まった大人の目からは「無駄が多い」とか「この作業に何の意味があるのか」というふうにしか見えません。実際、子ども用の教材を大人が使っても効果は少ないでしょう。脳が発達している最中の子どものために作ったものなのですから。

私としては現代ではもっと低年齢から日本語教育に取り組み、小学校の高学年から中学2年までの5年で国文法を教え終えるべきだ(助詞・助動詞についてはもっと早期に学ぶべきだ)と考えます。まあこれも個人差がありますので一概には言えないと思いますが、あくまでの私個人の意見です。

おおざっぱに言えば、子どもに子ども時代を過ごさせる意味と似ていると思います。子ども同士が動き回って、遊んで、笑って、泣いて、眠って…。これには何の意味があるかわからない、無駄だから3歳から規律正しい寄宿生の学校に入れてしまう。そういう家庭も欧米にはある(あった)ようです。

一見無駄なようでも実は無駄ではないことが、子どもの脳や心の発達にはあります。発達とか教育について学んだことのない方は、まず、「発達児童心理学」などの本を読んでから自分の考えを持っていただきたいと思います。たとえ目に見えるかたちではなくとも、学んだ成果は必ずありますので。

この記事を書いた人

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緒方克彦
担当科目:英語・国語
担当校:伊勢原校・成瀬校

理系が得意な私は医学部志望でしたが、小学校の教師になるために文系に転向して初等教育学科に進学。なぜか新聞社の内定をもらいましたが、選んだ道は塾講師。それから早30年。人生、何があるか分かりません。だから、若いうちは幅広く勉強することが大切だと思います。いろいろなことを吸収して、自分を磨きましょう。